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岸田光明がBridgeを経営するに至るまでにいろいろな経路があった。そこから考える。


岸田光明の話を読んで気づくリスクにおびえる私。

私がすごいなと思ったのはゲイをカミングアウトする勇気。
私もふくめてゆとり世代は親と横の関係で付き合うことが多かった気がする。
当時は縦の関係で親の圧力は半端なく、だからこそそれに反発して己のライフスタイルを
確率してきた歴史がある。
しかし、今は横の関係の悪影響でなかなか対立をすることができず、曖昧なところを探してしまう
だから親に反発ができない、主張できないというのが私の生きてきての感想だ。
比較すれば、昔よりは良い環境で幸せに育てきてもらったと思うだからこそ、こういった妥協が生まれる。
正直なことをいってしまえば、もう少し不幸な環境に生まれたかったと思う。
一定水準の生活を送れてしまうと幸せなのだが、あえてリスクを犯すことがこわくなる。
やりたいことをやればいい。確かにそうおもう。でもこの幸せが私の今までの基準になっているから怖い。無駄なプライドがついてしまった。
その分もともと環境が悪かった人(失礼な言い方ですみません)は、苦しいことを乗り越えて、より良い環境へと努力する人がおおい。岸田光明さんの歩いてきた道が正直、羨ましいと思ってしまう自分がいる。
自分のことを主張するくらいであれこれ余計なことを考えてしまう私は弱いと思った。
彼のような生き方こそ生きるということなのだろうか。

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岸田光明

50歳の時、新たなステップで新宿2丁目にゲイバーを開店させる。
芸術が好きで毎年2回ニューヨークやヨーロッパにいって鑑賞をしている。
現在パートナーのかずまささんと都内でマンションで暮す。

基本的に平等でくるものを拒まない。
ゲイバーでも入店制限を設けるところがおおい中で珍しい待遇だ。
岸田さんの経営されるバーは一切の制限を設けない。

岸田光明の生き樣

カトリックであった両親の長男。
父親は二人いって、シングルマザーである母親に育てられた。
九州から出て行った時にであったのが、岸田さんの父。

夜逃げ同然で付き合うことになったところにうまれてきた子供だという。

自分のことを自覚したのは5歳の頃だと振り返っている。
天神28号の中の主人公の正太郎の裸に興味をもってしまった。

そのおかげで周囲からは女男とよばれるようになる。

そして自分の本当の姿を偽り、有名な独立系映画会社・シネマプラセットに就職

やりたいこととは別にAVの撮影をとることになる。

そんな中、ゲイバーのタックスノットのマスターに出会う。
その時、自分を認めて堂々とする姿に感銘を受けた。

そして自分のアイデンティティを自覚し、ついに父親に自分のことおwカミングアウトする。
当然昔の時代にそんなことは受け入れられない。親と音信不通になる。

転機となったのは42歳になった岸田さんの胃がんだ。
そこでパートナーのかずまささんと出会う。
彼と両親がふれあったことで、
結局ゲイの人も不通の人と変わらないと気づく。
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